グループ理念

理念と基本方針

医療法人錦秀会の「やさしく"生命"(いのち)をまもる」の基本理念に基づき、
一、患者様の人格と尊厳を最大限に尊重し、自立支援、社会復帰に向けた医療を提供します。
一、地域住民の皆様の健康維持・増進のために、質の高い医療・福祉サービスを提供します。
一、患者様・家族様に満足いただける医療・介護サービスを提供し、快適な医療環境づくりに励みます。
一、職員一同、よりよい医療サービス提供のために常に自己研鑽に取り組みます。

コンセプト

■【Mission】基本理念
やさしく“生命(いのち)”をまもる。

■【Action】行動
知識と経験に基づき速やかに動く。
ぬくもりを与え、笑顔にする。

■【Value】価値
<組織力・規模力>をはぐくむ<人間力>。
各分野のスペシャリストとして、挑戦し続ける姿勢。
積み重ねられた経験は60余年という歴史を経て、
6000床を擁するグループへと押し上げました。
その事実は私達の誇りです。

医療法人錦秀会の沿革

1957年(昭和32年)7月 籔本秀雄が個人医院を開設。阪和病院と称する。
1957年(昭和32年)8月 結核予防法指定病院となる。
1958年(昭和33年)3月 生活保護法指定病院となる。
1959年(昭和34年)12月 医療法人阪和病院に改組
1960年(昭和35年)2月 保険医療機関に指定される。
1960年(昭和35年)12月 大阪市消防局の協力医院となる。大阪陸運局、警察本部との協力により「私有救急車」の申請を提出
1961年(昭和36年)10月 私有救急車第一号を保有する。
1962年(昭和37年)5月 大阪市消防局指定の救急病院となる。
1965年(昭和40年)1月 阪和病院は増築により351床となる。
1965年(昭和40年)8月 救急指定病院になる。
1966年(昭和41年)1月 労災保険医療機関に指定される。
1969年(昭和44年)11月 阪和病院は改築し744床となる。株式会社阪和薬店を設立する。
1970年(昭和45年)7月 児童福祉法による助産施設設置を許可される。
1971年(昭和46年)8月 阪和病院分院を開設する。(392床)
1973年(昭和48年)9月 大阪市救急医療事業団の第二次後送病院となる。
1974年(昭和49年)7月 第1阪和会館を開設する。阪和食品株式会社を設立する。
1978年(昭和53年)3月 阪和記念会館が竣工する。
1978年(昭和53年)9月 阪和記念病院が開院する。
1978年(昭和53年)11月 阪和記念病院が保険医療機関に指定される。
1979年(昭和54年)2月 阪和記念病院が労災保険医療機関に指定される。
1979年(昭和54年)6月 阪和記念会館3階に医療専門図書館を開設する。
1979年(昭和54年)8月 阪和病院に小児科病棟を併設する。(54床)
1980年(昭和55年)11月 阪和泉北病院が竣工(病床1,500床)
1981年(昭和56年)3月 「医療法人阪和病院」を「医療法人錦秀会」と名称を変更する。
1981年(昭和56年)5月 阪和泉北病院が被爆者一般疾病医療機関に指定される。
1982年(昭和57年)1月 阪和病院に救急患者専用の救急病棟を併設した。
1982年(昭和57年)11月 阪和泉北病院が大阪府小児慢性特定疾患治療事業契約を締結。
1982年(昭和57年)12月 阪和記念病院が被爆者一般疾病医療機関に指定される。
1983年(昭和58年)4月 阪和泉北病院が社団法人日本整形外科学会認定医制度による研究施設として指定される。
1983年(昭和58年)12月 阪和病院が被爆者一般疾病医療機関に指定される。
1984年(昭和59年)3月 阪和記念病院が結核予防法医療機関に指定される。
1984年(昭和59年)5月 阪和泉北病院が救急指定病院に認定される。
1985年(昭和60年)10月 阪和記念病院が日本救急医学会認定医修練施設に指定される。
1986年(昭和61年)7月 阪和泉北病院が従業員定員特例を許可され、1493床になる。
1987年(昭和62年)10月 阪和住吉病院を開設した。
1988年(昭和63年)11月 阪和住吉病院が「阪和住吉総合病院」として総合病院名称使用を許可される。
1988年(昭和63年)12月 阪和泉北病院第3棟500床を増設する。
1992年(平成4年) 4月 阪和記念病院基準看護承認。
1992年(平成4年) 10月 阪和住吉総合病院に小児科を増設。
1997年(平成9年)9月 医療法人錦秀会阪和訪問看護ステーションを開設する。
1998年(平成10年)6月 社会福祉法人帝塚山福祉会を設立する。
1998年(平成10年)9月 医療法人財団幸生会が錦秀会グループの一員としてスタートを切る。
1999年(平成11年)4月 社会福祉法人帝塚山福祉会帝塚山特別養護老人ホーム玲風苑を開所する。
1999年(平成11年)5月 社会福祉法人帝塚山福祉会帝塚山福祉会診療所を開設する。
1999年(平成11年)11月 医療法人財団幸生会が医療法人財団兵庫錦秀会に名称を改める。
2000年(平成12年)1月 医療法人錦秀会阪和泉北病院の名称を阪和第二泉北病院に変更する。
2000年(平成12年)3月 社会福祉法人帝塚山福祉会ケアハウス帝塚山を開所する。
2000年(平成12年)3月 社会福祉法人帝塚山福祉会介護老人保健施設聖和苑を開所する。

2000年(平成12年)4月 医療法人錦秀会阪和第二泉北病院1,993床の内、1,024床を介護保険適用病棟に移行する。
2000年(平成12年)4月 医療法人錦秀会阪和病院692床の内、114床を介護保険適用病棟に移行する。
2000年(平成12年)4月 医療法人錦秀会介護老人保健施設錦秀苑を開所する。
2000年(平成12年)4月 医療法人錦秀会阪和病院居宅介護支援センター並びに阪和泉北病院居宅介護支援センターを開設する。
2000年(平成12年)6月 医療法人錦秀会錦秀苑居宅介護支援センター並びに阪和訪問看護・ケアプランセンターを開設する。
2000年(平成12年)7月 医療法人錦秀会阪和第一泉北病院を開院する。
2000年(平成12年)7月 医療法人錦秀会阪和第二泉北病院1993床の病棟の内、1024床を阪和第一泉北病院へ移転する。同時に介護保険適用の入院病棟が同院へ移転する。
2001年(平成13年)1月 医療法人錦秀会阪和第二病院を開院する。
2001年(平成13年)1月 医療法人錦秀会阪和病院692床の病棟の内、114床を阪和第二病院へ移転する。同時に介護保険適用の入院患者が同院へ転院する。
2001年(平成13年)7月 社会福祉法人帝塚山福祉会特別養護老人ホーム阪和苑を開所する。
2001年(平成13年)7月 社会福祉法人帝塚山福祉会ケアハウス阿倍野を開所する。
2001年(平成13年)8月 社会福祉法人帝塚山福祉会阿倍野診療所を開設する。
2002年(平成14年)9月 医療法人錦秀会阪和第二住吉病院を開院する。
2004年(平成16年)4月 社会福祉法人難波福祉会特別養護老人ホーム浜木綿苑並びに介護老人保健施設雅秀苑を開所する。
2004年(平成16年)5月 社会福祉法人難波福祉会養護老人ホーム浜茄子苑並びにケアハウス雅風苑を開所する。
2004年(平成16年)11月 医療法人錦秀会グループホーム清泉を開所する。
2006年(平成18年)4月 医療法人錦秀会阪和インテリジェント医療センター(HIMC)開設する。
2008年(平成20年)10月 「医療法人 幸仁会 阪本病院」が「医療法人 聖和錦秀会 阪本病院」と名称変更の上、錦秀会グループの一員としてスタート。
2009年(平成21年)4月 医療法人 睦会 (新いずみ病院)が錦秀会グループの一員としてスタート。
2009年(平成21年)5月 「阪和人工関節センター」が阪和第二泉北病院に開設。
2009年(平成21年)10月 阪和住吉総合病院 に「消化器センター外来」を開設。
2010年(平成22年)4月 「インフュージョンクリニック」(大阪梅田)を開設する。
2010年(平成22)9月 株式会社Nishiki Corporationを設立する。
2012年(平成24年)4月 「心臓血管センター」を阪和記念病院に開設する。
2012年(平成24年)7月 帝塚山福祉会特別養護老人ホーム「阪和帝塚山苑」並びに養護老人ホーム「阪和櫻美苑」を開所する。
2014年(平成26年)4月 社会福祉法人帝塚山福祉会と社会福祉法人難波福祉会が合併し、難波福祉会は解散する。
2014年(平成26年)7月 阪和記念病院 に「脳卒中センター」を開設。
2014年(平成26年)8月 「医療法人睦会」を「医療法人阪和錦秀会」へ「新いずみ病院」を「阪和いずみ病院」に名称変更する。
2015年(平成27年)9月 「医療法人阪和錦秀会」 を 「医療法人聖和錦秀会」に合併する。
2017年(平成29年)4月 「学校法人阪和学園 錦秀会看護専門学校」を開校。
2018年(平成30年)11月 「医療法人聖和錦秀会 阪和いずみ病院」を開設。

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